私は約30年、経営誌の記者をしてきました。その中でずっと抱えていた問題意識があります。それは経営学をよく学んでいる社長であっても、または学んでいる役員・社員が大勢社内にいる会社であっても、業績が長期低迷したり乱高下したりするのはなぜか、です。経営学は役に立たないと言いたいわけではありません。戦略構築・実行、事業開発、組織運営、財務分析、リーダーシップ等々についての方法論は検証を繰り返し、進化してきました。経営学が果たす役割は大きいのですが、経営学とは別の領域で何かしらの欠陥があるため、会社は業績をいとも簡単に落とすのではないかという仮説を持っていました。
私が取材した経営者は延べ約3000人になります。中小企業も大手企業も、オーナー経営者もサラリーマン経営者も、そして成長企業の経営者も破綻企業の経営者もたくさん会いました。見てきたサンプルの幅広さは随一だと思っています。多くの事例を検証することで分かってきたのは、社長一人の「考え方」によって、会社がプラスにもマイナスにも大きく振れるということです。例えば短期思考の社長がいる会社では、社長以下、どんなに経営の知識を学び、実践したところで会社は低迷します。副社長や専務が長期思考を持っていても、社長が短期思考だと、組織は必ず短期目線で動きます。逆も真なりで、長期思考の社長の下では会社は安定成長しやすい。
副社長以下には必ずしも必要ではないけれど、社長になれば持たなければならない思考があるのです。つまり経営学とは別に、「社長学」という領域が存在しているというのが、私の見立てです。具体的には、次の「6つの考え方」です。「多面思考」「長期思考」「根本思考」「内発思考」「共生思考」、そして「死生観」。発展する会社の社長はこれらの考え方を有しており、衰退する会社の社長を分析すると、いずれかの考え方が欠落していることが多い。異論はあるでしょう。「社長に不可欠なのは、リーダーシップだ」という声が聞こえてきそうですが、リーダーシップは社長だけでなく中間管理職にも必要です。「決断力」も社長には必要ですが、ではどのような考え方で決断をすればいいのでしょうか。その考え方こそが重要です。
「社長の器」以上に会社は大きくならないと昔から言われますが、「6つの考え方」こそが器の構成要素だと考えています。残念ながらこれまでは体系化が進んでいなかったため、自己流で社長を務めているケースがほとんどです。しかし、車を運転するなら免許が必要なように、6つの考え方を持っていない社長は会社を経営しないほうがいい。持っていないなら、高める努力をしてほしい。人口増加時代はこの器が不十分でも経済成長に覆い隠されていたのですが、人口減少時代はそうした社長の下では社員が定着せず、顧客も離れていきます。目先の利益を追い求める社長に振り回されて、心身を疲弊する社員がいかに多いか。上っ面の人的資本経営を掲げ、社員を軽視する会社がどれだけあるか。そんな思いから、世の中の社長や社長になろうとする人たちのために社長学を体系化し、「社長の器」の広げ方を知ってもらう活動を始めることにしました。
私たちは、日本発の社長学を世界に広めたいというビジョンを持っています。経営学は欧米が先行していますが、社長学は日本の土壌が生んだ独自のコンテンツです。社長の考え方や生き方は、社員の考え方や生き方に影響を及ぼし、その国や地域の文化的風土を醸成する重要な側面を担っています。社長本人が意識しているかどうかは関係なく、社長の影響力は会社の業績や社員の生活にとどまらないのです。日本の社長学を世界に広めることで、より良い世の中が作れるのではないか。また、日本が以前より暮らしにくい社会に向かっているのであれば、社長学からのアプローチでその流れを止めることができるかもしれません。
経営手法は時代環境によって変わりますが、「6つの考え方」で構成される社長学は不変だと思っています。もちろん、「こんな構成要素も含むべきだ」など異なる考え方もあるでしょう。まずは「社長学」という領域を知っていただき、皆で磨きをかけていければ本望です。